現在、日本人の2人に1人は一生のうちに何らかのがんにかかると言われています。がんはすべての人にとって身近な病気です。がんは、痛み、嘔気、倦怠感、不安など様々な症状を引き起こし、生活に影響しまいます。しかし、そういった症状はケアや薬によって緩和する(和らげる)ことは可能であり、患者さんの生活の質を良くすることが出来ます。緩和ケア病棟では、終末期がん患者さんの様々な苦痛を緩和する(和らげる)ため、医師を中心に多くの職種で関わっています。その中で薬剤師は薬を使った治療に関り、医師と薬の使い方を考えたり、患者さんへ薬の説明をしています。
この記事では、オピオイドの副作用とオピオイドスイッチング(オピオイドの変更)について簡単に解説しています。
こんにちは、iwata(@iwamegane)です。薬剤師として緩和ケア病棟を専任し19年。その経験をもとに、患者さんとのエピソード、緩和ケアに関連する薬について情報発信しています。緩和薬物療法認定薬剤師。
オピオイドとは
中枢神経や末梢神経に存在するオピオイド受容体へ結合して、モルヒネに類似した作用をしめす物質の総称です。植物由来の天然のオピオイド、化学的に合成もしくは半合成されたオピオイド、体内で産生される内因性オピオイドがあります。
紀元前よりケシから採取されたアヘン(opium)が鎮痛薬として用いられ、19世紀初頭には、その主成分としてモルヒネが単離されました。1970年代には、オピオイドの作用点として受容体が存在することが証明され、薬物受容体の概念が導入されました。
オピオイド受容体
オピオイドが結合する受容体の種類には、μ (ミュー)、κ (カッパー)、δ (デルタ)があることが知られています。これらの中で鎮痛作用に関して最も重要な役割を果たすのが「μ受容体」です。
作用部位
完全に解明されているわけではありませんが、オピオイド受容体は脳・脊髄や末梢神経に存在し、すべての部位で作用していると考えられています。全身投与したオピオイドの鎮痛作用が、脊髄に投与したナロキソン(オピオイド受容体拮抗薬)によって減弱するという報告から、オピオイドは主に脊髄後角へ作用し鎮痛効果を発揮すると考えられています。
オピオイドの作用
鎮痛作用があります。手術中、術後の痛み、分娩時の痛み、がんによる痛み等の急性痛や、神経が損傷された後などに長期的に続く慢性的な痛みに対して用いられます。
「オピオイド」=「麻薬」ではありません。
臨床現場では、「麻薬」と「オピオイド」は同じ意味で用いられる場面は多いです。麻薬とは、社会的用語であり、麻薬及び向精神薬取締法で「麻薬」に指定されている薬物です。薬理学的あるいは分子生物学的用語である「オピオイド」とは意味が異なります。
日本で使用可能なオピオイド
モルヒネ、ヒドロモルフォン、オキシコドン、フェンタニル、タペンタドール、コデイン、トラマドール、メサドン、ブプレノルフィン、ペンタゾシン。
※ 詳細について、更新予定。
オピオイドの副作用
鎮痛作用の他に様々な副作用があります。便秘、嘔気・嘔吐、掻痒感、尿閉、眠気、せん妄、呼吸抑制などです。呼吸抑制はオピオイドの重大な副作用とされていますが、適切に使用するかぎりほとんど起こりません。嘔気や眠気は耐性が生じると言われてます。嘔気の発現率は30%程度、以前は必ず制吐剤を定期内服として2週間程度処方されていましたが、現在は頓用で処方することが多いです。眠気は7~10日程度で耐性がついて、減ってくると言われています。
嘔気・嘔吐
第4脳室に接する脳幹領域に存在する受容体、CTZ (chemorecepter trigger zone:化学受容器引き金帯)に発現しているオピオイド受容体を刺激することにより、ドパミンの遊離を引き起こしVC (vomiting center:嘔吐中枢)が刺激されることで、嘔気・嘔吐を誘発します。オピオイドの開始、増量時に発現することが多く、数日から1週間程度で消失すると言われています。
[対策]
原則として、予防投与は行いません。ただし、嘔気を生じやすい患者では予防投与を行います。ドパミン受容体拮抗薬を用いる場合には、常に薬剤性錐体外路障害(アカシジア、パーキンソンニズムなど)に注意し、短期の使用にとどめます。
第一選択薬:抗ヒスタミン薬 ジフェンヒドラミン(トラベルミン®など)
第二選択薬:ドパミン受容体拮抗薬 メトクロプラミド(プリンペラン®)、ドンペリドン(ナウゼリン®)など
薬剤性錐体外路障害に注意が必要です!
実際の臨床現場において
アカシジアとは、静座不能症と訳され、座ったりじっとしていられなくなる症状です。ドパミン受容体拮抗薬以外にも原因となる薬剤(抗うつ薬、一部の制酸剤など)もあります。また、予防投与として、オピオイド開始時に、予防投与としてメトクロプラミド(プリンペラン®)の投与が開始され、そのまま長期にわたり投与している場合があります。そんな時は、患者さんの現在の嘔気症状は落ち着いている事を確認し、医師へ処方中止の提案します。
便秘
オピオイドによる便秘は、オピオイド誘発性便秘 (opioid-induced constipation:OIC)と呼ばれています。便秘は耐性が生じませんので、継続的に対策が必要です。
[対策]
OICに保険適用のある、ナルデメジン(スインプロイク®)があります。
海外のガイドラインでは、第一選択薬として、安全性が高くコストが安いことから、マグネシウム製剤(マグミット®)、センノシド(プルゼニド®)などの下剤が投与されています。ナルデメジン(スインプロイク®)は、下剤を投与しても十分な効果が得られない難治性のOICに投与されています。
実際のところ、経済的負担が少ないマグミット®やプルゼニド®などの下剤を使う場面は多いです。もちろん、ナルデメジン(スインプロイク®)も使われています。医師より、オピオイド開始時に便秘薬を相談されたときは、両方の薬剤を提案しています。ナルデメジン(スインプロイク®)は1日1回服用でよいので、服用回数を減らせるメリットがあります。
実際の臨床現場にて
眠気
投与開始初期や増量時に出現することが多いです。耐性が生じ、数日以内に自然に軽減することが多いです。眠気を誘発する他の併用薬(睡眠薬、制吐剤としての抗精神病薬、鎮痛補助薬、他)などによる眠気は除外します。感染症、肝・腎機能障害、中枢神経系の病変、高カルシウム血症、電解質異常など、眠気の原因となりえることは除外します。
[対策]
眠気が不快でなければ、そのままオピオイドは継続します。しかし、不快な眠気がありオピオイドが原因となると、オピオイドの減量、またはスイッチングを検討します。覚醒させるために投与できる薬剤はありません。以前、リタリン®を投与している事はありましたが、現在処方制限があるため投与することはできません。
オピオイドの眠気について
実際の臨床現場において
患者さんに安心して薬を飲んでもらうために、オピオイドを開始する、増量する、変更する時は眠気が出ることを事前に説明します。同時に、1週間程度で収まることを説明することで、患者さんに安心してもらうことが出来ます。1週間程度経過しても、眠気が続くようであれば、オピオイドの副作用以外の原因(状態の悪化、高カルシウム血症、等)の可能性が考えられます。
せん妄・幻覚
がん患者においては、様々な要因でせん妄など認知機能障害が出現すると言われており、原因を鑑別する必要があります。オピオイドによる幻覚、せん妄は投与開始初期や増量時に出現することが多い。オピオイド以外の原因薬剤として、ベンゾジアゼピン系薬剤、抗コリン薬など、非薬剤性の要因として、電解質異常、中枢神経系の病変、感染症、肝・腎機能障害、低酸素症などが関与していることがあります。
せん妄:記憶力、見当識障害、言語能力の障害など認知機能障害が起こる状態。
[対策]
実際の臨床現場において
せん妄に対するケアは、まず要因を確認して対処します。それでもせん妄症状が強く、患者さんの生活に影響しているようでれば薬物療法を検討します。よく使われる薬は、抗精神病薬であるリスペリドン(リスパダール®)、クエチアピン(セロクエル®)、ハロペリドール(セレネース®)です。しかし、薬を使わなくても家族が付き添うことで、せん妄は改善することは多いと感じています。
呼吸抑制
オピオイドによる呼吸抑制は、用量依存的な延髄の呼吸中枢への直接の作用によるもので、二酸化炭素に対する呼吸中枢の反応が低下し、呼吸回数の減少が認められます。
一般的には、がん疼痛治療を目的としてオピオイドを適正に投与する限り、呼吸数は低下しません。ただし、急速静注など血中濃度を急速に上昇させた場合や、疼痛治療に必要な量を大きく上回る過量投与を行った場合に、おこりうる有害事象です。したがって、過量投与にならないよう、効果と副作用の確認しながら増量を行う必要があります。
痛みそのものが、オピオイドの呼吸抑制と拮抗するとされており、外科治療や神経ブロックなどにより痛みが大幅に減少あるいは消失した場合には、相対的にオピオイドの過量投与の状態が生じ、呼吸抑制が出現する場合があります。
[対策]
酸素投与、鎮痛効果をみながらオピオイドの減量を検討します。
重篤な場合、オピオイド拮抗薬のナロキソン(ナロキソン®)を投与します。ナロキソンは半減期が短く作用持続時間は30分です。そのため、呼吸抑制の状況に合わせて30~60分ごとに複数回投与する必要があります。
呼吸回数が1分間に10回を下回ると、呼吸抑制を疑います。1分間に5回になると、呼吸をしていない時間もあり、あきらかに呼吸抑制であることを確認できます。オピオイドによる呼吸抑制か、がんの進行による病状の悪化による呼吸抑制か、確認する方法は患者さんの瞳孔を確認します。オピオイドの副作用に縮瞳があり、瞳孔が針の孔ほど小さく(ピンホール)なっていたら、オピオイドの副作用を疑います。
実際の臨床現場において
口内乾燥
オピオイドは、用量依存的に外分泌腺を抑制します。
[対策]
氷を接種する。部屋を加湿する。口腔内保湿剤を使用する。唾液腺のマッサージ、ガムを噛むなど。
口渇軽減目的に輸液量の増量しても無効です。口腔ケアなど看護ケアを行うことが大切です。輸液を増量してしまうことで、体液貯留のリスクがあります。
実際の臨床現場において
日本緩和医療学会/終末期がん患者に対する輸液治療のガイドライン
輸液は口渇を改善するか?
口腔ケアなどの看護ケアを行う【B】
生命予後1~2か月、1000~1500mL/日の輸液を行う【C】
生命予後1~2週間以下、500~1000mL/日の輸液を行う【D】
生命予後1~2週間以下、輸液量を1000mL/日から2000mL/日へ増量する【E】
推奨の強さ
A 行うことを強く推奨する。
B 行うことを推奨する。
C 行うことを推奨しうる。
D 行うのは、患者の意向を十分に検討し、かつ効果が十分に評価される場合に限ることを推奨する。
E 行わないことを推奨する。
掻痒感
オピオイドの硬膜外投与や、クモ膜下投与では、他の投与経路に比べて掻痒感が多く認められます。この反応は、脊髄後角のオピオイド受容体を介した機序が考えられています。
[対策]
痒み止めの外用剤を塗布する。搔きすぎによる皮膚障害が強いときは、ステロイド外用剤も考慮します。ステロイド外用剤の長期投与は、皮膚の萎縮や二次感染を生じることがあるため、短期使用にとどめます。
病院でゆみ止めとして、ベナパスタ®を使います。そのベナパスタに、メントールを混合したベナパスタを院内製剤として作り使用しています。爽快感もあり、通常のベナパスタより効果があり、緩和ケア病棟でよく使われています。
実際の臨床現場において
排尿障害
オピオイドの投与により、尿管の緊張や収縮を増加させることがあります。また、排尿反射を抑制し、尿道括約筋の収縮および膀胱容量をともに増加させます。尿閉に至ることもあるので、排尿障害の出現に注意が必要です。
[対策]
薬物療法として、括約筋を弛緩させるα1受容体遮断薬シロドシン(ユリーフ®)、ナフトピジル(フリバス®)、タムスロシン(ハルナール®)、排尿筋の収縮を高めるコリン作動薬ベサネコール(ベサコリン®)の投与を行うことがあります。
オピオイドスイッチング
オピオイドの副作用などにより、鎮痛効果を得るために必要な量を投与できない場合や、鎮痛効果が不十分な時に、投与中のオピオイドから他のオピオイドに変更することを言います。以前、オピオイドローテーションと言われていましたが、この場合は数種類のオピオイドを順に変更していくことを意味するので、意味が異なってしまいます。
オピオイドスイッチングの実際
患者の状態によって細やかな調節が必要です。十分な経験を持たない場合は、緩和ケアチームなど専門家に相談することが望ましいです。
① 計算上等力価となる換算量を求める。
換算比を用いて、現在のオピオイドと新しいオピオイドの1日量を計算する。現在のオピオイドの投与が比較的大量である場合は、一度に変更せず数回に分けてオピオイドスイッチングを行う。
② 患者に合わせて、目標とする換算量を設定する。
計算上の換算量は「目安」であり、薬物に対する反応の個人差や、オピオイド間の不完全な交差耐性から、実際には換算通りにならないことを考慮し、患者個人に合わせた投与量へ調整する必要があります。一般的に、疼痛コントロール良好だが、副作用のためにオピオイドスイッチングを行う場合は、不完全な交差耐性の存在により、計算上等力価となる量よりも少ない量で鎮痛コントロールできる場合がるので、注意が必要です。また、病状が悪い、高齢であるなどの場合も、少量からの変更がより安全です。
現在のオピオイドから30%程度すくない用量を目安に投与を開始します。その後、レスキュー量に合わせて、増量しながら1日量を最適化します。
実際の臨床現場より
不完全な交差耐性
交差耐性とは、1種類の薬物に対して耐性を獲得すると同時に、同じような構造をもつ別の種類の薬物に対する耐性も獲得してしまうことを言います。異なるオピオイド間ではこの交差耐性が不完全であるため、使用していた1種類のオピオイドに対して耐性を獲得し、鎮痛効果が低下した場合でも、オピオイドの種類を変更することによって、鎮痛効果の回復が期待できるとされています。
③ 新しいオピオイドの投与開始時間、投与間隔を決定する。
鎮痛効果の発現時間、最大効果の時間、持続時間を考慮して、新しいオピオイドの投与開始時間、投与間隔を決めます。切り替えるまでに、時間が空くようであれば、痛みの増強の可能性も考慮して、レスキューを準備します。
※ レスキュー:痛みがある時に投与する頓服薬
注事すること
ヒドロモルフォン、オキシコドン、フェンタニルからモルヒネに変更する場合、腎機能障害のある患者では、少量から開始して十分に観察します。
モルヒネの用量として、腎機能障害の度合いにもよりますが30~50%程度少ない用量へ換算し開始します。
実際の臨床現場より
オピオイドスイッチング事例
病院で医師や、薬剤師より相談のあった事例を紹介します。
タイトレーション
タイトレーションとは、化学用語で「滴定」の意味です。医学用語として適切な日本語訳はありませんが、用量の調節、用量の最適化といった意味合いで一般的に使用されています。オピオイドの鎮痛効果と副作用のバランスを注意深く観察しながら、痛みにあった至適用量を決定することをいいます。
鎮痛効果が期待できる量までタイトレーション(用量調整)しないと副作用(便秘、嘔気)だけが出現してしまいます。患者さんにとって、疼痛は緩和されないのに副作用で苦しんでしまう、オピオイド鎮痛薬の拒否に繋がり、結果としてがん性疼痛は緩和されず生活の質が低下してしまう恐れがあります。
実際の臨床現場において
参考資料
一般社団法人 日本ペインクリニック学会
ホームページ/医学生/研修医の皆様へ/トピック/オピオイド
https://www.jspc.gr.jp/igakusei/igakusei_keyopioid.html
ホームページ/医学生/研修医の皆様へ/トピック/WHO方式三段階鎮痛法
https://www.jspc.gr.jp/igakusei/igakusei_keywho.html
特定非営利活動法人 日本緩和医療学会
がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2020年版/背景知識/薬学的知識
がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン2010年版/背景知識/薬学的知識
日本癌治療学会
がん診療ガイドライン/支持医療別ガイドライン/疼痛管理/用語の定義と概念
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