病棟でお亡くなりになると、シャワーを浴びて病衣から着替えてお帰りになります。社交ダンスが好きだったおばあちゃんはドレスを着ていました。野球先週だった方は、野球のユニフォームを着ていました。救命救急士だった方は、救命救急士のユニフォームを着ていました。
ちょっと以前の話になります。72歳の男性、Fさん。顔立ちは60歳でも通りそうなくらい若い印象でした。病棟の看護師長さんとも話していたのですが帰るときのお顔は、とても若々しかったです。お見送りに時間10分前になったので、調剤室の仕事を抜け出しました。お見送りの部屋には、Fさんと担当だった看護師さんがいました。看護師さんは20分くらいで待っていたようです。Fさんを一人にすることは出来ないですよね、と言っていました。
Fさんの顔を見ている時に、看護師さんが教えてくれました。
「ピンクのシャツを着ているんでですよ! 似合いますよね、Fさんらしいですよね。」
淡いピンク色をした、新品のオックスフォード型シャツを着ていました。髪は白髪交じりのシルバーヘアーでしたので、ピンクがとっても似合っていました。そしてその瞬間、Fさんとの病室での会話が走馬灯のように現れたのです。
初めて、病室に挨拶に行った時のFさんの笑顔。いつもそばのソファーに座っている奥さんの様子。実は、もと薬剤局で働いていた薬剤師さんの父親はFさんの親しい友人の後輩だったこと。釣りが好きで、釣った魚の写真を見せてくれたこと。全国紙のスポーツ新聞の釣り特集にFさんが写真入りで掲載されていたこと・・・。
改めてFさんのお顔を見たら、さっき見た以上にピンクのシャツが似合っていました。70歳代で最期帰るときにピンクのシャツを着てさらに、それが似合っている方はそうそういないと思います。家族が帰り支度を終えてお見送り室に到着しました。
娘さんは、お父さんのお顔を見たとき泣いてしまいました。親族の小学生の女の子は、Fさんの枕元に手紙をいれていました。その女の子も目を赤くして、涙を拭いていました。まだ小学生ですが、Fさんが永遠に眠り続けることを感じたんでしょう。Fさんは、家族と一緒に病院を後にしました。
終末期がん患者、特に死亡直前には約90%にせん妄が現れると言われています。実際に、終末期せん妄が現れると予後が短い可能性が高いと判断されます。
Fさんは、最期までしっかりと会話をされていました。目は開けませんでしたが、呼びかけるとうなずいてくれました。最期は、娘さんがそばでTVを見ていてふとお父さんをみたら、呼吸が止まっていたそうです。家族を待っている間に、看護師さんから聞いた話です。Fさんは、アンコールワットを旅行したかったそうです。息を引き取る数日前、奥さんに「今、飛行機で飛んで出かけてきたよ」と、話してくれたそうです。その後も、何回か飛行機で出かけた話をしてくれたそうです。夢なのか、現実なのか、わかりません。Fさんは、世界中を回ってきていたのかもしれませんね。おそらく、天国に行く前にアンコールワットに寄ったと思います。上空からの眺めは、さぞかし絶景でしょうね!
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